1: 2026/07/14(火) 12:00:27.66 ID:U9F0gZxr0
●本多忠勝:生涯57回合戦に参加しながらかすり傷1つ負わなかった戦国武将

●宮本武蔵:生涯63回の真剣勝負で63勝0敗の無敗の剣術の天才

●服部武雄:新選組最強の侍で沖田総司、永倉新八などの強者隊士からも新選組最強の使い手と絶賛される怪物


2: 2026/07/14(火) 13:29:24.29 ID:QDa9V0yd0
現代でも路上の伝説がおるんやから昔はもっと盛り盛りやろ


3: 2026/07/14(火) 13:42:49.84 ID:b9WKIQm30
この手の伝説ってだいたい盛りまくってるか本人が嘘つきだったかのどっちかやろ


4: 2026/07/14(火) 12:03:06.20 ID:gvt6WNYs0
かすり傷一つもしなかったとか本当なの?
本当なら凄過ぎ


5: 2026/07/14(火) 13:46:59.68 ID:O8MJ/c270
>>4
かすり傷なしは間違って広がった話。常に前線で戦って大怪我や戦線離脱を余儀なくされるほどの負傷をしなかった


6: 2026/07/14(火) 12:56:48.99 ID:4DsJKkZS0
戦場に出まくって傷一つ負わないってのはよっぽど臆病者かフカしてるかのどっちかだろ
どんなに勇猛な武将でもまぐれの流れ矢や投石、射撃があるんだから傷を負わないなんて有り得ない


7: 2026/07/14(火) 13:49:16.58 ID:b9WKIQm30
というか直接戦ってかすり傷1つなしとかだったら逆にこいつ真面目に戦ってなかったなとしか思えんやろ
どうせ指揮官だからたいして直接戦闘しなかったとか致命傷は負わなかったとかがせいぜいやろ


8: 2026/07/14(火) 13:55:44.96 ID:I7s8iEmbd
>>7
華美な装飾の兜被ってる奴はみんな指揮官だからな
前線で戦う侍の甲冑はあんな装飾なんて付いとらんからな


9: 2026/07/14(火) 13:43:57.74 ID:I7s8iEmbd
>>1にわかだな
●本多忠勝 ← 前線指揮官の実績であって個人の部の強さではない
●宮本武蔵 ← 何でも有りの実際の戦では投石ぶち当てられて負傷して役立たず
●服部武雄 ← 実際の戦の功績無し


10: 2026/07/14(火) 12:24:52.65 ID:0n6w8d2Ld
吉川元春に決まっとるやろ
武蔵よりも多い76戦して無敗や
しかも武蔵と違ってこっちは合戦やし公式に記録が残っとる


11: 2026/07/14(火) 12:46:21.02 ID:L0JrKJYt0
ヨボヨボのお爺ちゃんなのに島津義弘ボコった吉川元春はマジで化け物


12: 2026/07/14(火) 12:12:30.97 ID:kYTZj3lk0
単騎戦力なら鎮西八郎やろ
強弓の一矢で200人乗りの船を粉砕しただの
四肢の腱を切られて島流しにあったのに寝てたら治っただの
ヤバすぎる逸話だらけや


13: 2026/07/14(火) 12:09:31.22 ID:ZOcY6sjB0
芹沢鴨出てないとか‥

芹沢は泥酔しながらも新選組の沖田総司、原田左之助、永倉新八、土方歳三4人にも互角の勝負だったからな
最後に泥酔のせいで転んで刺殺されなけれはどうなってたか分からんから


14: 2026/07/14(火) 12:32:09.65 ID:1xt9pYUzd
新撰組って実は沖田じゃなくてこいつが最強だったみたいな逆張りキャラ多すぎない?


15: 2026/07/14(火) 14:02:25.28 ID:Oz4unbuO0
塚原卜伝は?

生涯の戦績: 真剣勝負(命がけの決闘)19回、合戦への出陣37回。
撃破数: 敵兵を討ち取ること212人(矢で射倒した数なども含む)。
無敗の伝説: 生涯で一度も敗北せず、合戦で矢傷を数カ所受けた以外、剣による傷は一つも負わなかったとされています。


16: 2026/07/14(火) 14:05:16.04 ID:3w7wzTww0
>>15 正確な人数とか何で分かるんだろ、誰かが数えてたりすんのかね
それとも自分で言ってるだけとか‥


17: 2026/07/14(火) 13:47:30.91 ID:0GzfX1Z10
戦国時代の剣豪で詳細な試合記録が残ってるのって疋田文五郎と丸目蔵人ぐらい
あとは後世の弟子たちが遺した伝記ぐらいしかなかいから宮本武蔵にしても実力はナゾ


18: 2026/07/14(火) 12:30:22.52 ID:Uc72Pefc0
鈴木 久三郎
徳川氏の家臣。
三方ヶ原の戦いで徳川軍は武田信玄に敗れ、総崩れとなった。
もはやこれまで、かくなる上は潔く斬り死にせんと逸る家康に対し、久三郎は進言しました。
久三郎:「御麾(采配)をお貸し下され。それがしが影武者として討死いたす」
家康:「そなた一人を見捨ててまで生き延びようとは思わぬ」
久三郎:「このどたぁけが、よいからよこせ!」

 言うなり家康の手から御麾を奪いとり、ただ一人で迫りくる武田の大軍へ殴り込みをかけたのでした。
這々(ほうほう)の体で浜松城へと逃げ帰った家康は、久三郎は討死したものと思って気落ちしていたようです。
▼ 続きを読む▲ 閉じる”我こそは家康なり” と名乗りながら大軍の中で殴り込んで、生還できるはずはありません。が、久三郎はひょっこり帰ってきたのでした。
 たいそう喜ぶ家康に対して、久三郎は事もなげに言い放ちます。
久三郎:「天下に名だたる武田の衆も、思ったほどではなかったわい(思ひしより手に立ざる敵に侍るわ)」


19: 2026/07/14(火) 12:31:01.91 ID:d1PcqR5p0
ちゃんと自分の技術体系化して後世に残した宮本武蔵やろ


20: 2026/07/14(火) 12:31:43.68 ID:7GMvknwu0
とりあえず刀がメインウェポンの時点で最強はないわ
ガチ勢は槍か薙刀にするから


引用元:https://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livegalileo/1783998027/